(この記事には「「あ、共感とかじゃなくて。」」展のネタバレを含みます。)
敬老の日を含む連休中の、2023/09/17 には、東京都現代美術館「「あ、共感とかじゃなくて。」」展を見てきました。

ここでは、全体的な感想ではなく、特に心を動かされた作品について、感想を書きたいと思います。
それが、中島伽耶子《we are talking through the yellow wall》でした。
作品の概要について、本来の趣旨とは違うかもしれないが、手話動画でどうぞ。
サムネイルでも見えているように、ドットが打たれた黄色い壁の、そんなに高くない位置にドアホンが、ただ、あります。
展覧会の全体の順路からは見えやすく、わたしもそうだったのですが、多くの人が、なんとなくドアホンを押し、特にリアクションもないので、ドットをのぞいてみて、これはなんとか向こうが見えるくらいののぞき窓になっているのですが、困惑や諦めの様子で、ここから離れていきます。全体の順路からいうと、出口のすぐ近くにあるので、そのまま展覧会から出る人もいるかもしれないですね。
しかし、展示の右側から奥へ、そして左に回ると、この壁の裏に回ることができるのです。
壁の裏のスペースは、一部を除き壁に囲まれ、照明は消されていて、暗い部屋になっています。そして、表側で押されるドアホンのボタンに連動して、天井の小さなライトが光ります。
おそらくなんとなしの好奇心から押されたドアホンのボタンにより、ぱちぱちと光る天井のライトは、それは不快で、暴力的ですらあり、一方的なコミュニケーションを受け止める方の気持ちを体験的に感じられたように思いました。
暗い部屋は、コミュニケーションに対して閉じている人、この暗い部屋に入るあたりにトランスジェンダーに関する書籍などが置いてあったことから考えて、少数者であるがゆえにそうなっている人たちはまずイメージされますが、そういった人たちの気持ちを表しているのでしょう。
一方、もう一つの作品《I don’t tell anyone what I don’t want to say》は、同じ壁の柄の紙で、言いたくないことを覆い隠す、といった作品で、《we are talking through the yellow wall》で、コミュニケーションの間に立っていた壁が、一方では自分を守る壁にもなる、という、別の見方を提示していました。
この作品の、完成されたものが、ドアホンがある側の、明るい側のスペースの、あまり目立たない横の壁に展示してあったこと、制作過程の映像作品が、ぐるっと回った裏側の、暗い部屋とは違うスペースに展示してあったことには、もしかしたら、意図があるのかもしれないと思いました。